文献探索法(学部学生版)

(はじめに)

 大学における「研究」は高校時代の「勉強」とは本質的な点で異なっています。高校までの勉強というのは、小論文を除いて、ある限定された範囲の知識をより正確に身につけているか否かが評価の基準となります。それに対して大学での研究においては、これまで常識ないし定説であると考えられてきた知識に対して、何らかの点で異なった知見を提示することにその本質があります。そうでなければ「学問の進歩」なるものなど永久に生じえないということになってしまいます。つまり、既に誰かが言っていることと同じことを発言しても、それは学術的には無価値であり、未だ誰も言っていないことを言うという行為にのみ敬意が払われるのです。

 それでは、自分のもたらした知見は学術的に価値がある、ということをどのようにして示したらいいのでしょうか? そのためには、

  1. 自分の研究が学術的に妥当な手続きを踏んでいることを明示すること、同様の分野における他
    の研究者の業績を検討して、

  2. それらの特徴(優れた点と問題点)との関連で自分の研究を位置づけること、

  3. とりわけ、これまでに他の研究者が自分と同じ研究をしたことはないということを証明する、

という三つのポイントを押さえておく必要があります。いわゆる授業のレポートなどでこの三つのポイント全てをクリアーすることが求められることは(日本の大学においては)希ですが、自分に与えられたレポートの課題が、三つのポイントのどこに当たっているのかを常に明確に意識しておくことは大切です。

 そして、どのポイントに関しても、自分が取り組んでいるテーマに関する、書物ないし文献を入手し、検討する必要があります。そのため、大学において知的生産を行うためは、いかにして自分が必要としている文献を入手するか、ということについてのノウハウを身につけておく必要があるのです。

 こうした目的で書かれた本は、非常にたくさん書店の棚にならんでいます。その代表が、『知の技法』(小林康夫、船曳建夫(編)、東京大学出版会、1994年)です。この本の第三部「表現の技術」は極めてよくまとまった「論文・発表入門」です。ただしこの本は東大の「入門科目」のテキストなので、文献の入手方法をまとめた第三部第五章「調査の方法」の記述は東京圏で研究をしている人にのみ、「親切」なものになっています。また、書かれた時期の関係からか、インターネットを利用した文献探索法についてあまり触れられていないのも問題です。したがって、この葉柳流マニュアルでは、まともな書店や図書館のほとんどない日本の西端で学んでいる私たちにとっての、書物・文献の探し方についてその概略を説明します。

 文献資料は大きく三つに分類されます。一つは、出版社から発行された単行本です。もう一つは新聞・雑誌記事です。以上二つのタイプの文献は初めから公刊を目的にしていますから、入手は比較的容易です。三番目のタイプは、行政書類、法人・団体書類、パーソナルドキュメント(個人的記録)です。このタイプの文献は、正本(と複本)しか存在しないことが多く、(情報公開法によって行政書類の閲覧は容易になりつつありますが)アクセスの仕方が単純ではなく、しかもマニュアル化が困難です。こういった資料の収集の方法は、文献収集法というよりも、社会調査法の枠内で扱った方がいいのです。

 したがってこのマニュアルでは、単行本と新聞・雑誌記事の収集方法を概説するにとどめ、第三のタイプの文献については社会調査法を論じる際にその収集と分析の方法を検討します。

【単行本の探し方】

 最初に取り上げるのは、単行本の探し方です。実をいうと、研究が進展すればするほど、重要になってくるのは雑誌記事、とりわけ専門誌に掲載された論文なのですが、学問の世界に足を踏み入れたばかりの初学者が手にするのは、やはり単行本です。

 まず、頭に入れておいていただきたいのは、

戦後に出版された書籍で入手不可能なものはない、

という点です。時間とコストを無視すれば、いかなる単行本でも手にすることができます。以下、図書館、新刊書店、古書店、「教官」の順に説明していきます。


<図書館>

 長崎大学図書館自体の利用法はここでは説明しません。利用案内が配布されていますし、授業でも簡単な案内は行います。そして、なんと言ってもその蔵書の質/量の実状は、図書館の中を少しうろうろすればすぐわかるでしょう。しかし、図書館に関しては少し説明を加えておく必要があります。みなさんは今まで参考カウンターを利用した経験があるでしょうか?


 参考カウンターは日本中、いや、世界中の図書館へと開かれた窓である

と考えてください。参考係の職員の方にアドバイスしてもらいながら、自分が探している本や雑誌が、どの図書館に所蔵されているのか調査し、その入手を依頼するのです。本の場合は現物を取り寄せてくれますし、雑誌の場合、通常、コピーの形で送付してもらえます。


 そして、国立国会図書館には全ての本がある、ということを決して忘れないでください。国会図書館に直接行った場合には貸し出ししてくれず、閲覧とコピーだけしか許可されませんが、大学図書館経由だと、大学関係者には貸し出ししてくれます。この安心感は何ものにも代え難いです。

 また、インターネットにアクセスできる環境にいる人は、どこからでも、図書館関係の蔵書検索を行うことができて実に便利です。

長崎大学図書館
まずは長大にあるかどうか調べてみましょう。図書館の本館の開架コーナーにあれば最も簡単にアクセスできます。以下、図書館の書庫にある場合、他学部の図書館分館にある場合、教官の個人研究室にある場合、の順で入手までのステップが増加します。書庫にある場合は足を踏み入れるのが面倒(or恐い?)なだけで、入手そのものは困難ではありません。他学部の分館にある場合は、本館の参考係が取り寄せてくれます。問題なのは教官の研究室にある場合でしょう。これについては後で触れます。長大の図書館でだめなら次に進みます。

長崎県立図書館蔵書検索サービス
長崎県立図書館は公共の図書館の中では小規模な方ですが、文系の本に関していうと、長大の図書館よりもいいものをそろえていることがあります。他の県の県立図書館はたいてい大手の大学図書並か、ばあいによってはそれ以上の蔵書を誇っています。ぜひ遠征してみてください。例:山口県立図書館

Welcome to Webcat
Webcat Plus
全国の大学図書館の目録のネットワークです。これを使えばたいていの専門書や学術誌は見つかります。見つかったらそのページをプリントするなりメモするなりして、長大の図書館から請求すればいいのです。
 また、国立大学間には図書館の相互利用の協定が結ばれていますから、例えば長期休暇中に地元の大学の図書館を利用することに何の問題もありません。

国立国会図書館
ナクシスを使っても見つからなければ、いよいよ国会図書館の登場です。ここを探っても見つからなければ、自分が調べようとしている本のタイトルや、年月日等の方が間違っていると考えてみることも必要となってきます。
 国会図書館は原則としては、図書館内での閲覧と著作権法の範囲内でのコピーしか認めていませんが、例外的に大学図書館を通じての貸し出しは行っています。これを利用しない手はありません。ただし、国会図書館は国民全員の財産ですので、貸し出しの手続き等は一番厳重です。返却期限を守らなかったりしたら以後利用禁止を申し渡されても文句は言えません。


<書店>

1. 新刊書店
 地方に住んでいる研究者にとって何がつらいかといって、まともな本屋がないことほどつらいことはありません。大型書店や生協書籍部のお気に入りのコーナーをうろうろすることは文系の研究者の「趣味」であると言っても過言ではありません。意外な本との出会いから、新たな研究の着想を得るというのは、よくあることです。人との出会いとよく似ています。
 しかし、長崎の本屋が今ひとつだからといって、全く足を運ばないのはよくありません。長大生協にも時々いい本が入ってきます。また、メトロ書店などはまずまずの品揃えです。ただし、メトロ書店といえども現在購入可能な図書の1/100程度しか在庫を持っていません。したがってメトロになかったからといってあきらめるのはあまりにも早計です。
 都市部の大型書店はたいてい、インターネットショッピングのための検索-注文サイトを持っています。これらの大型書店は在庫数もさることながら、検索や配達等のサービスが充実しています。生協もネット検索サービスを提供していて、組合員なら誰でも利用できます。もちろん割引価格です。

生協インターネットショッピング

JUNKUDO BOOK WEB

Amazon.co.jp
『書籍総合目録』のWEB版


2. 古書店
 不景気のせいなのか、本というメディアの土台が崩れつつあるのか、最近は本が絶版になるサイクルがどんどん短くなって来ました。五年以上前に出た専門書は絶版になっている確率の方が高いほどです。その一方で、自分のテーマに関連する本を手元に置いて、気になったときにすぐに参照できるようにしておくことは、文系の学問にとっては、死命を制する程に大切です。また、コピーした本は、コピーの作業に満足してしまって、結局読まないということが良くあります。従って、どうしても現物を手の届くところにスタンバイさせておきたい場合は、古書店を利用することになります。
 絶版書をいかにして入手するかというのが研究者としての腕の見せ所です。東京の神田や大阪のかっぱ横町のように古書街があるとかなりの確率で探求書を発見することができますが、長崎ではほとんど不可能です。なぜか相場も高いです。しかし、今は古書店がネットワークを作って、検索-注文サービスを提供しています。これを利用しない手はありません。経験的に言うと絶版書の6割はこの方法で現物を入手することができます。複数の店に在庫があるときは価格を比較してから買うことができるし、まだ絶版になっていないものも、生協よりもさらに高い割引率で買うことができます。

日本の古本屋

インターネット古書店案内

OldBookMark

古本屋さんの横断検索


<教官>

 目的の本がなかなか手に入らないときに、ぜひ、「活用」していただきたいのは、大学の先生です。大学の先生というのは、それぞれ専門分野というものを持っています。そして、冒頭で述べたような理由から、自分が研究している分野に関して、基本的な学説史(つまりこれまでにどのような研究がなされてきたのか)を押さえた上で、自分自身の研究を行っています。従って、専門分野に関する文献であれば、現物を所有している場合が多いのです。もし、所有していないにしても、どこに行けば、あるいは、どの研究者にあたればその文献を入手できる可能性が高いのかを、的確に教示することができます。それどころか場合によっては、学生の研究テーマにとって、より有益であろうと思われる文献についてアドバイスをもらえることだってあるかもしれません。
 ただし、教官の研究室にある本というのは、校費や科学研究費で買ったにせよ、私費で買ったにせよ、あくまでも教官の研究遂行のためのツールですから、学生に貸すかどうかは教官の善意の問題です。(校費で買った本の場合は、図書館を経由してであれば、教官の方に貸し出し義務が生じます。逆に、校費で買った本を学生に直接貸すというのは、制度的には「又貸し」になるので、紛失した場合の責任問題なども含めて、及び腰になる教官も出てくるのです。<注:今年から図書館が比較的きちんと仲立ちしてくれるようになりました>)どうしても閲覧したい本がある場合には、その本がどうして自分にとって必要なのかをきちんと説明した上で、氏名、書名、貸出日、返却予定日、連絡先を書いた紙を教官の手元に残しておくようにするべきです。(葉柳ゼミの場合にはパソコン上のデータベースに記入してもらっています)そして、返却の期限は必ず守るようにしましょう。

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